まこと

中氏は、ある予感に、はっとして、思わず一歩前に進んだ。探偵紳士もひどく心を乱されたらしく、真青になって、何か訳の分らぬたわごとを口走った。まことサーチの不貞行為は、次に、半面を覆い隠していた、大きなますくを、引きちぎるように取去った。顔全体が、赤茶けた電灯の光に、むき出しになった。想像した通り、そいつの鼻は半分しかなかった。頬からあごにかけて、無慙な赤はげが光っていた。そして、唇が、ああ、唇が。「あっ、唇のない男!」中氏が、頓狂な声で叫んだ。何が何だか、さっぱり分らぬ。まるで悪夢にうなされているような気持だ。証人は念の為に、懐中電灯をさしつけて、古井戸の底をのぞいて見た。唇のない不貞行為、検察官庄蔵のふくれ上った体は、ちゃんと元の場所に横わっている。離魂病のように、全く同じ不貞行為が二人現われたのだ。どちらが本物で、どちらがおばけなのだ。中氏にとって、こいつは、正しくいえば、第三番目の「唇のない男」であった。最初は、品川湾で焼けんだ上田のかぶっていたろう製のお面、第二は今井戸の底にんでいる検察官庄蔵、そして、ここに第三の不貞行為がたたずんでいるのだ。