浮気調査の興信所

「すると、唇のない奴が、唇のない奴を殺したということになる訳ですが……」彼は面食って依頼者の顔を見た。「そうです。唇のない奴が、唇のない浮気調査の興信所をしたのです。つまり、今度の現場には、二人の唇のない助手がいて、全く別の目的で、別の罪を犯していたのです。我々は今までそれを混同していた為めに、現場の真相をつかむことができなかったのです」「そんなことが、こんなによく似た片輪者が、同じ現場に関係するなんて、余り阿呆阿呆しい偶然です」中氏は、依頼者の言葉が幼児だましみたいで、どうにも合点できなかった。「偶然ではありません。両方とも本当の片輪だとすれば、そんな風にお考えになるのも無理ではありませんが、一方は真赤な偽物です。……さあ、それを取って下さい」依頼者は半分を中氏に、あとの半分を、黒まんとの助手に向っていった。その指図を聞くと、黒まんとの男、いや女は、手早く帽子をかなぐり捨て、耳のうしろまで、被告のあごに手をかけると、いきなり、我が顔を、めりめりとめくり取った。……それはたいへんに精巧なろう製のお面に過ぎなかったのだ。